のはら道のカノン

春の野の楽しみはスイスイ
土手に出かけ
まだ葉先が赤みを帯び伸びたばかりの
丸々と太くて柔らかそうなものをポキっと折る
皮だけツツーッと剥きながら茎をシャキシャキ食べる
春の息吹が口いっぱいに広がり
すっぱさが妙にクセになる
いくら食べても
叱られもせず
楽しみはいつも野にあって
世界のすべてだった
あのころ
カーオーディオから
パッヘルベルのカノンがながれてきた
調子を変え くり返される旋律は深いところで同期し
わたしの心は 背後にながれる低いベースに
フォーカスされていく
ふと
わたしにながれる通奏低音は
なんだろうと考える
見えるもの見えないもの
景色にも心にも人生にも
あらゆるものにリズムがあり
転調をくり返してきたがなんのことはない
あのスイスイのすっぱさを求めて
のはら道を登ったり下りたりしているだけ
*スイスイ:イタドリに似て、スイスイ葉ともいう

私は水の都と言われる岐阜県の大垣に住んでいます。学生時代は京都でした。この『のはら道のカノン』は、こ のコーナーのプロローグとして読んでいただけると嬉しいです。パッヘルベルのカノンを聴いて、私ははじめて 通奏低音と言う言葉を知りました。今の私は、原風景とそのときの幸福感によって作られていて、それが代わるがわる姿を変え、現れて来ているに過ぎないと、この曲を聞くたび思います。これから絵と詩とときどき写真で、 変調する私の心象風景をお届けできたらと思います。
卯 埜(うの/詩・絵)
うさぎは私です。よろしく!
2022年4月10日RT(634)