先斗町の無電柱化で思うことは…


【slow news/京都・先斗町/思い思い/電気と川と繁華街】

京都の五花街の一つで国内外の観光客で賑わう先斗町の無電柱化工事が進んでいます。無電柱化のきっかけは、「京都市屋外広告物等に関する条例」で狭い道の上に突き出て並んでいた店々の違法広告が撤去されて、それまであまり気にならなかった電柱が目立つようになったからだそうです。

もともと先斗町は、京都市によって景観を守り再生する必要がある「界わい景観整備地区」に認定されていたので、地元の熱心な要望もあって、行政と地域が協力して無電柱化に取り組むことになったようです。

さて、そもそも無電柱化にする目的はどこにあるのでしょう?調べてみると、無電柱化は国が推し進める政策で、国交省のホームページには、無電柱化は、「景観・観光」、「安全・快適」、「防災」の観点から推進していると記載されています。

では、世界各国での無電柱化はどうなっているのでしょう?これも国交省のホームページにデータがありました。ロンドンやパリ、香港、シンガポールは100%。台北は96%でお隣の韓国のソウルが49%です。ちなみに国内では東京23区で8%、大阪で6%、京都にいたっては2%です。この数字を見ると国が無電柱化を推進しているのが理解できます。

ここで少し京都の電気の歴史を振り返ってみましょう。1888(明治21)年の4月に電力の普及を目的に「京都電燈」が創立され、高瀬川の西岸に社屋を建てて翌年の7月21日に全国で4番目の電燈会社として営業を始めました。江戸時代に土佐藩邸があった場所です。

1897(明治30)年には、実業家の稲畑勝太郎がフランスからシネマトグラフを持ち帰り、京都電燈の社屋の庭で日本で最初の映画上映を行いました。

京都電燈が供給した豊富な電力は、明治になって衰退していた京都の産業の復興と振興を支え、日本で初めての路面電車を走らせました。明治・大正・昭和初期と3つの時代にわたって電力で京都を豊かにした京都電燈、関西電力河原町変電所の存在がその歴史を現在に伝えています。

高瀬川の西岸にあった京都電燈が京都市中に電線を張り巡らせて電気を普及し、今度は鴨川の西岸にある先斗町が地上から電線を無くし新たな街の姿を見せてくれます。高瀬川と鴨川、木屋町と先斗町、京都を代表する2つの川に沿って続く2つの繁華街、とても小さなエリアに京都の電気の130年の歴史が詰まっています。

2019年2月21日RT(376)

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編集部 春風

編集部 春風

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