不思議な、静かな緑色の世界があって


【写真館/京都・岡崎/晴れた日の野球場】

草を分けて

 兄さんの打った球が、やぶの中へ飛び込むたびに辰夫くんは、草を分けてそれを拾わせられたのです。
「なんでも、あのあたりだよ。」と、兄の政二くんは指図をしておいて、自分は、またお友だちとほかの球で野球をつづけていました。
「困ったなあ。」と、思っても、しかたがなかったので、辰夫くんは、しげった草を分けて、ボールをさがしにやぶの中へ入りました。
 さっきまで、はるぜみが、どこかで鳴いていました。その声が、ぴたりと止まってしまいました。
「あの、やさしい声のはるぜみをつかまえたいな。」と、思いました。そして、背の高い草を分けて、下の方を見ると、そこには、不思議な、静かな緑色の世界があって、土には、きれいな帽子をかぶった茸がはえていますし、葉の上には、花びらのついているように、珍しい蛾が休んでいますし、また生まれたばかりの、おはぐろとんぼが、うすい、すきとおる羽をひらひらさして飛んでいますし、青い、青い色をした、きりぎりすのような虫もいますし、よく見ると、名を知らない草が、かわいらしい花を咲かしたりしていました。
「きれいだなあ。」と、辰夫くんは、ボールを探すことも忘れて、はじめて気のついた、異った世界の景色に、うっとりと見とれたのです。(本文の一部を抜粋)


小川未明

2019年3月22日RT(401)
編集部 春風

編集部 春風

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