一度の人生を生きる
小さな頃、映画は庶民の娯楽だった。小学校のグランドで大人らが櫓を組み布を張り活動写真(映画)を観た。嵐寛壽郎の鞍馬天狗などが銀幕に出ると歓声が上がった。子供らだけでなく大人も拍手したんですよ◆記者になってからも仕事をサボっては映画館へ。その時に知ったのが監督の新藤兼人さんでした。僅かな製作費で作った「裸の島」は、笑い声も泣き声も会話もほとんどない音楽とモノクロ画像だけのサイレント映画。仕草や表情から心の中を察するしかない。
孤島に暮らす夫婦と息子二人の生活を描いている。急斜面の乾燥地に田畑を作り、ヤギとアヒルを飼う自給自足の生活。離れ島まで小舟で水を汲みに行く。天秤棒で2つの桶を担いで登る。子供らはヤギやアヒルに餌をやり食卓で両親を待つ。ただ、妻を演じた音羽信子さんが貴重な水をこぼした時に、夫がほほを叩いた。一滴の水に込めた新藤監督の思いがこの場面に。厳しい自然の中での「命と水」が物語の全てでした。
監督と言えばまず「集客力」が真っ先に頭に浮かぶご時世でした。ですが、新藤さんが中心となって設立した独立プロダクション「近代映画協会」が経営難の時も、非商業的な映画作りという自分の信念を貫きました◆こうして生まれたのが、「裸の島」。周囲の人は「これで(彼の監督人生は)終わりになる」と酷評。が、「モスクワ国際映画祭」でグランプリを獲得、世界中の劇場を回った。
前途多難でも、誰が非難しようとも、「自分に正直に生きる」という新藤さんの言葉を終わりに。「人の一生は一度しかない。燃えることのできるところで、燃え尽きるまで燃えなければならない」。物が豊かな時代に、昔の忘れ物を見つけた。
(西村敏雄)
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