春が来る毎に 春の心になるやうに
あなたの懐中にある小さな詩集を見せてください かくさないで――。 それ一冊きりしかない若い時の詩集。 隠してゐるのは、あなたばかりではないが をりをりは出して見せた方はうがよい。 さういふ詩集は 誰しも持つてゐます。 をさないでせう、まづいでせう、感傷的でせう 無分別で、あさはかで、つきつめてゐるでせう。 けれども歌はないでゐられない 淋しい自分が、なつかしく、かなしく、 人恋しく、うたも、涙も、一しよに湧き出た頃の詩集。 さういふ詩集は 誰しも持つてゐます。 たとへ人に見せないまでも 大切にしまつておいて 春が来る毎に 春の心になるやうに 自分の苦しさを思ひ出してみることです。 詩集には 過ぎて行く春の悩みが書いてあるでせう。 ふところ深く秘めて置いて そつと見る詩集でせう 併し 季節はまた春になりました。 あなたの古い詩集を見せて下さい。 河井酔茗「春の詩集」
2022年3月13日RT(250)