ネギを植えてみませんか?

 「人間が、まだ、ネギを食べなかったころの話です」。朝鮮の口伝民謡や民話を世界に紹介した金素雲さんの「ネギをうえた人」(岩波少年文庫)の書き出しです◆続けますね。「そのころは、よく人間が、人間を食べました。それは、お互いが牛に見えるからでした」「うっかりすると自分の親や兄弟を、牛と間違えて~」。そんな自分や他の人の姿をみて「なんてあさましいことだ」とある村人が旅に出ました。ですが、どんな山奥でも海辺に行ってもやはり人間が人間を食べていました◆見知らぬ国に着きました。そこでは誰もが仲むつまじく暮らしていました。その地に住む老人と出会い、悩みを打ち明けました。すると老人は、「ここでもやっぱり人間が牛に見え、しじゅう間違いがおこったが、ネギを食べるようになってから、その間違いもなくなったんだ」と◆旅人はびっくりして聞きました。「そのネギとは?」。それで老人がネギ畑に案内し、ネギの植え方や食べ方まで教えてくれ、大喜びでネギの種をもらい急いで自分の国にも戻ったのです◆そしてネギの種を蒔きました。蒔き終えると安心して知人らを訪ねました。ですが、知人らは相変わらす彼が牛に見えて食べてしまいました◆それから暫くたってからのことです。畑には今まで見たこともない青い草が生えていました。ちょっと食べてみたらよい匂いが~ネギとは知らずに食べた人だけは、人間がちゃんと人間に見えました。それからはネギを食べるようになって、「牛と人間を間違えることもなくなりました」。ネギを持ってきた人の真心はいつもでも生きていて、大勢の人を幸せにしました。「おわり!」

 金さんは「はしがき」で書いています。「私たちの生活は絶えず進歩しています。けれども夜空にまたたく星の美しさ、野菊の香り、別れの悲しみと相逢う喜び~人間が人間であるかぎり、この昔ながらの心を失うことはありません」と。朝鮮民話にかぎらずこうした民話は世界中にあります。そして金さんは語りかけてくれました。「説法や教訓などはありません」「夢や笑いや、空想や~そして韓国に生まれた人たちの古い心の姿が身近な親しい思いで共感されることでしょう」。怖い話でもその底には人への優しさ、笑いがあるのですね◆“兎の住む”月の世界にもいける時代になりました。でも足下では人間同士が憎しみ、罵りあい、果ては戦争という愚劣な行為を繰り返しています。金さんは亡くなるまで思い続けていました。「隣あっている日本と韓国の“心のへだて”はフランス、ドイツより遠いというのはさびしいことです」。自分らの手で“心のネギ”を植えてみませんか。

(西村 敏雄)

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2021年4月28日RT(292)
編集部 春風

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