飛鳥時代からあった酒類禁止の令

 京都府内の新型コロナウイルス感染者数増加に歯止めがかからない。2021年8月6日夜の発表では1日の新規感染者が過去最多の289人に。この勢いはいつまで続くのだろうか。

 8月2日、京都府内にまん延防止等重点措置が適用され、感染対策として京都市内の飲食店に酒類の提供禁止が要請された。コロナ禍で繰り返される“禁酒法”だ。

 “禁酒法”ですぐに思い浮かぶのがアメリカだ。1917年禁酒条項と呼ばれる憲法修正 18条が連邦議会により可決。各州の批准を得て1919年に制定、1920年1月から発効した。 0.5%以上のアルコール分を含む飲料の醸造、販売、運搬を禁止した法律だ。

 “禁酒法”の背景には、飲酒による社会的・健康的な弊害、第一次世界大戦に入ったことによる穀類の節約、さらにビールをつくるドイツ人への反感もあったようだ。この法律は1933年に廃止されるまで続いた。

「私がやったことは、ビールとウイスキーを最高の人々に売っただけだ。私がやったことは、非常に人気のある需要を供給しただけなんだ」―アメリカの禁酒法時代に酒の密造と販売で暗躍したアル・カポネの発言。彼は自分のことを「私は人々に欲しいものを与えているただのビジネスマンだ」と言ったそうだ。善悪は別として、一つの真理かもしれない。

 “禁酒法”はアメリカだけに限らないようだ。以前、タイを旅行しているときにレストランでシンハービールの注文を断られたことがあった。理由を尋ねると、「タイでは、仏教の重要な祭日や選挙の前日と当日は酒類の販売が禁止になります」と教えてもらった。

 調べてみると日本にも“禁酒法”があった。古くは『日本書記』に記載されている。「大化二年三月甲申条 調賦の禁止、農民の魚酒を禁ずる」(646年/飛鳥時代)、「持統五年五月十八条 水害等を防ぐための酒肉禁止令」(691年/飛鳥時代)。『続日本記』によると奈良時代には、大規模な災害や干ばつ、飢饉がおこった際に度々“禁酒法”が出されている。奈良の大仏を造営するという理由や酒乱による闘争を防ぎ風俗を正すためという理由で“禁酒法”が出されたこともあった。

 古今東西、為政者は民衆に酒の禁止を強いてきた。つまり、法律で禁止しなくてはならないほどに人は酒に溺れるということか。作家の坂口安吾が、こんなことを書き残している。

「酔ふために飲む酒だから、酔後の行状が言語道断は申すまでもなく、さめれば鬱々として悔恨の臍ほぞをかむこと、これはあらゆる酒飲みの通弊で、思ふに、酔つ払つた悦楽の時間よりも醒めて苦痛の時間の方がたしかに長いのであるが、それは人生自体と同じことで、なぜ酒をのむかと云へば、なぜ生きながらへるかと同じことであるらしい」(『酒のあとさき』より)

 “酒を飲むことは、生きることと同じ”―酒と命の関係は深淵ということか。

 コロナ禍では、多くの命を守るために、酒類の提供を禁止する。この施策の良し悪しは、いずれ結果が示してくれるだろう。ただ思うことは、酒のなんたるかを知らない子どもたちの命を危うくする行為は、酒に溺れる一人として慎もうと。

―春風―

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2021年8月7日RT(62)
編集部 春風

編集部 春風

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