一体明日はどうなるんだろうか

 『古京はすでに荒れて、新都はいまだ成らず。ありとしある人は、皆浮き雲の思ひをなせり。~』
 古京は既に荒れ果ててしまい、新都はいまだできあがっていません。ありとあらゆる人は浮き雲のような不安な思いを。今回は上記の一文から。長明さん26歳でした。

突然の遷都がありました

 『治承4年水無月のころ、にはかに都遷り侍りき、いと思ひの外なりし事なり。この京のはじめを聞ける事は、嵯峨天皇の御時、都と定まりにけるより後、すでに四百余歳を経たり。』
 400年と長く都は京にありました。しかし、1180年6月2日福原(今の神戸)への突然の遷都があったのです。あれこれいってもどうにもできず、3歳の安徳天皇をはじめ、大臣、公卿、みなことごとく移って行きました。世に仕えて生活をしているような人は、誰一人、旧都に残っていることはできません。機を失い、世の中からはずれて、何のあてもない人は愁え嘆きながら旧都にとどまるしかありませんでした。全ての人が不安の中に。
 『軒を争ひし人の住まひ、日を経つつあれゆく。家はこほたれて、淀河に浮かび、地は目の前に畠となる。』
 軒を争っていた人々の住居は、日を経るにつれ段々と荒れてゆき、沢山の家は取り壊されて、筏にその材木を乗せて淀川から運びました。宅地は目の前で畠に。特に6月は少雨で川が干上がっていたそうです。      

淀川

 『その時、おのづから事のたよりありて、~』
と長明さんは例によって摂津の新しい都に行きました。形状を調べたら、土地は面積が狭く、京のように区画を割り当てるのに到底不足し、北は山沿いで高く南は海が近く下って、波の音がやかましく、潮風が強いとその様子を。初めから福原にいた者は土地を取り上げられ困りはて、新しく入ってきた人は土木工事で苦労している姿が目に。都の趣は変わり果て、田舎の武士のように馬に乗り、着るものもふるまいも目に付くと長明さんは嘆きます。

戦時に生起することほとんどについて思い当たることが      

東京大空襲

 1945年3月10日の一夜にして10万人が亡くなり、東京都の4割が焼失した東京大空襲を27歳で経験し、その直後、方丈記を暗誦出来るほどに読んだという堀田善衛(作家1918~1998)の「方丈記私記」から。
 方丈記の中で最も痛切に迫ってきたのは冒頭に書いた『古京はすでに荒れて~』だと言います。一体明日は、前途は如何なることになるのかと。
 空襲跡に立つと、あの『古京は~』が頭に去来したといいます。「戦時日本というものがいつまでも続く筈のものではない。~明日の新たなる日本の映像がどうしても、うまく眼に見えて来ない・・・」。これは当時を生きた人誰もが感じていたことではないでしょうか。
 そして、765年前あわただしく福原に向かった人たちの姿から否が応でも疎開とそれにともなう面倒が、行けず旧都に残った人には疎開に行く宛ない人々が重なって見えたと言います。また、遷都のため壊された家は、防火用で強制破壊された情景とそのもろもろに重なり、その後は同じく耕されかぼちゃ畠に。方丈記の大風、火災、飢え、地震などの描写が凄まじいほどの的確さをもっていることに深く打たれ、長明さんに対する親近感はそういう具体的な所からできていて、今も近くにいると。『古京は~』からは「歴史というものがあるからこそわれわれ人間が持たなければならぬ不安を、つまり歴史はそういう形しか人々の眼前に現出することができないのだ」と。実際に戦禍に遭逢して精神的・内面的な処し方に何か根源的に資してくれるものがあると書きます。

読み継がれた古典を糧に

 私はこの「方丈記私記」を読むまで、戦時体験をされた方が方丈記をそのように読まれていることを想像さえしてなかった。その場面場面を頭で描くだけで如何に読みが浅いかと。
 この作者のように方丈記が傍で寄り添ってきたんですね。800年もの間多くの人に。そのことを忘れないでおこうと思いました。
 「知らせぬは当局者、知らぬは国民のみ」は戦時中の大本営陸軍部の日誌なんですが、現在のコロナ禍も色々な面で似ていると。戦時中と同様、ほんとうのことがわからないし、一体明日はどうなるんだろうかと、暗い闇夜にいるようで、気持ちと気持ちが離れ、疑心暗鬼に。でも、その流れに決して乗せられないで、想像力を働かせて、人と人が相手を慮ってつながることに力を使おうと思っています。そのために、この800年も読み継がれた方丈記が手助けしてくれるのではと。もしかすると一人ひとりの「方丈記私記」ができるかもしれません。子どもや孫の未来に少しでも希望が見えるように。(遷都は次回に続きます)

(八幡まるごと館 上谷順子)

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2021年9月10日RT(237)
編集部 春風

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