加古隆さんの音楽から見えるもの

 今年、レコード店で加古隆さんの「Scene 映像音楽作品集 1992-2001」を買った。このCDは二十年前に発売されたものだが、収録曲の題名をみていくつかの旋律が記憶によみがえった。それらをなつかしくなって、いまどうしても聴きたいと思ったからだ◆CDの収録順を替えて、まずNHK「にんげんドキュメント」でよく知られた“黄昏のワルツ”をきき、同じく「ドキュメントにっぽん」テーマ曲だった“青の地平”、そうして加古さんの名を一躍お茶の間に広めたといえる“パリは燃えているか”と続いた。

 加古さんの音楽の特質や魅力を考えるとさまざまな要素があるとおもえたのだが、ひとつにはやはり美しい旋律と曲調だと感じる。メロディは、優美だが厳粛で、昭和の時代の雰囲気を強く想起させる。筆者は昭和の時代を幼少の八十年代に経験したのみの世代だが、それでも当時をしばしばふり返りながら今を生活している。どうしても、失われたものの余りの多さばかりを考え込んでしまう。私より年長の世代の人々は、なおさらであるのかもしれない。

 筆者はジャズを好きでながく聴いてきた。加古隆さんは活動初期には今と違い、厳しいジャズの表現者だった。それらにも関心をもち、今回彼の昔のアルバムもいくつか、同じときに入手した。初期作「パッサージュ」(76年)。高名なジャズ評論家である悠雅彦さんの監修で制作されたソロピアノ作「夜明け」(83年)。故富樫雅彦との「ヴァレンシア」(80年)◆これらのCDを聴きながら、「夜明け」は別としても、若い時代の加古さんの音楽が今と違い、鋭く、あまりにも厳しいことに驚く。淡い風景のイメージが喚起される曲名の“波”や“ナイト・ミュージック”、“今夜は雪”などを聴いても、情感を峻拒していく厳しい抽象性、論理性につらぬかれた熾烈なアドリブソロが展開する。ドラム奏者の人々とは、共演と云うより対峙、寧ろ闘争と云った感が強い。ところが、不思議なのだが、嘗ての若き加古隆と現在の加古さんの音楽が、筆者には別人とは思えない。この人にターニング・ポイントがあった事は間違いないと思う◆ジャズの加古隆には、自己自身を追い詰めようとする気概と冷徹さがあり、それが時に息苦しい緊張になった。聴者をはねのけてしまうほど、演奏は苛烈をきわめる瞬間があった。そこから、なんらかのかたちで解き放たれたのが、現在の彼なのかもしれない◆加古さんの音楽の格調高さ、凛としたピアニズムはジャズ時代から不変だ。私は、今の加古さんの音楽を愛聴している。

(臨 機清)

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2022年3月19日RT(460)
編集部 春風

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