眼で聴いたら詩に

 「眼聴耳視」という言葉があります。この言葉をことあるごとに口にする方がおられました。福島県郡山市出身の詩人、故・佐藤浩さんです。学生時代に不慮の事故で全盲になしましたが、2008年に86歳で亡くなるまで児童詩の普及に努めた方でした◆戦時中、教員として子どもの自由な詩作を学校側に制限された苦い経験から「子供には、声が聞こえてくるまで(対象を)見つめよう」と、自分自身の魂と、対象の対話を求めました◆「ぼくのうちの くろぶたが 子ぶたを うむ あしたうむと お父さんとお母さんがいっていた ぼくのたんじょうびだ ぼく いやになっちゃうなぁ」。(東京・小2)。佐藤さんが主宰した詩誌「青い窓」(写真は原点となった郡山駅前の老舗菓子店「柏屋)には全国から送られてくるこうした詩がいっぱいあります。

 こんな詩もあります。「先生に叱られた あまり悲しくて ついうつむいて泣いていた ちらっと先生のほうをみたら 目があってしまった 先生はあわてて目をそらして せきをひとつ ゴホン やはり先生は 私の先生だ」(福島県の小5)。なんともユーモアもあるほのぼのとした風景だろうか◆佐藤さんは、「毎月全国から送られてくる千点近い作品との対話が僕の活動の原動力、生活のリズムになっています」と語っていた。「目で見たら作文、それを眼で聴いたら立派な詩です」とも◆「青い窓」には、「素直な子供たちの澄んだ目があるんです」。それを読んだある障がい者から手紙が。ご自身手足が動かないことに常に「不足、不平、不満」が。葛藤していました。ですが、「季刊詩集が毎号届く~子どもの詩を読むと気持ちが楽になるのです」。目が不自由な佐藤さんと澄んだ子供らの言葉や詩を「眼で聴いた」のでしょうか◆「青い窓」は、人をつなぐ佐藤さんの「心の窓」でもあったのですね。2018年秋に、「あなたは さとうひろしという 一編の詩でした」(歴史春秋出版)が出版されました。ご一読を。

(西村 敏雄)

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2021年3月23日RT(151)
編集部 春風

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