目には見えないもの
「看護師として勤務してきてこの10数年間くらいにお年寄りだけでなく若い方の心にも勢いがない、と感じることが多いんです」。30年近く京都市内の病院で勤めている看護師さんがため息をついて語ってくれました◆戦前、戦後を通じて、家族にお年寄りが増えるのは「幸せの象徴」と喜ばれてきました。お年寄りは家族の絆を作ってくれていたんです。若者も希望に燃えていました。が、いつの間にか経済成長の波間で、「孤立・無縁社会」という言葉が生まれ、「近所同士でも会話がない」「親子でも・・」という寂しい社会になりつつあります。
ふとフランスの作家・サン・テグジュペリの「星の王子さま」のキツネと王子さまのある会話を思い出しました。王子さまの星にはバラが一輪咲いていて、その花だけが友達でした。でも、バラがあまりにもわがままをいうので王子さまはそれがいやで星をでてきたのです。地球に来てみると、至る所にそのバラが何千本、何万本と咲き乱れていたのです。それを見て、「自分の星のバラは特別な花ではなく、どこにでもある花だったんだ」と、一本のバラに愛情を注いだ自分を後悔しました◆そこにキツネがやってきて、孤独な王子さまにとってはかけがえのない友達になりました。でも別れの時がきました。キツネは言いました。「君がそのバラに費やした時間は、バラにとってはかけがえの無いものだったんだよ」「費やし時間は見えないものだけど一番大切ものなんだ」と。地球でたくさんのバラを見て泣いていた王子さまは気づいたんです。「(自分の)星のバラは世界に一本しかない素晴らしいバラだったんだ」と◆私は60歳を過ぎてからよく入院します。消灯の後には、「ラジオ深夜便」を聞き寂しさを紛らわせます。それでも不安で寝付かれません。そんな真夜中でも看護師さんがそっと巡回してくれます。カーテン越しに映る姿に安堵します。特にコロナ禍でも「必死に面倒をみてくれているんだ」と思うとつい・・◆冒頭の看護師さんは、「寂しいんですね」「ご家族の縁が薄い方」「特に長く入院したりしている方は」。私は6年前に心臓の手術を約5時間かけ受けました。「終わりましたよ」と主治医が耳元でささやいてくれた時に、感謝を込めて、じ~っと主治医の目を見続けていました◆あとで看護師さんから、「先生らは手術の前には宗教とは関係なく、必ず人目のつかない所で『この手術が成功するように』とお祈りするんですよ」と聞かされました。「見えないけれど皆さんが見守ってくれている・・」。でも時々、寂しい顔が心に現れます、そんな時にはキツネの言葉を思い出すようにしています。~大切なものは目には見えないんだよ~
(西村 敏雄)
◆記事に対するコメントはメールでお願いします。
info@slocalnews-kyoto.jp