指揮棒・タクトの意味

 若い頃、暇をみてはオーケストラを聴きに行っていました。ピアノやコントラバス、ヴァイオリン、クラリネットなど様々な楽器が奏でる鮮やかな音色に魅了されていたのです◆そして興味を持ったのは「タクト」でした。本格的な音響効果を目指し専用コンサートホールとして造られた東京・サントリーホールに行ったことがあります。演奏が始まり、指揮者が手にする一本のタクトが気になり始めました。遠くからでは見えるか見えないような、そして謎めいた動きをする~◆「いかようにも曲の流れが変わり演奏そのものが変わるのです」という世界的指揮者と言われたヘルベルト・フォン・カラヤンの言葉を思い出しました◆指揮者でも、「タクトは一本でも重い」と、手と指でしか指揮しないという方。「むしろタクトがないと疲れる」という真逆なことを言っていた指揮者の言葉が、いま違った意味で私に語ってくれています。

 高校時代の教師の授業のやり方の違いを思い出しました。ベテラン教師は、教室に入ってから真っ先に、生徒らの顔を見、「昨日、元気だった子がしょんぼりしている」「何か表情が急に明るくなった」と雰囲気を感じるところから授業に入るのです◆教師も指揮者も同じような気がします。カラヤンは指揮の最中は、集中力を保つために鋭い碧眼を閉じたまま指揮棒を振っていたと言われています。が、それは「総譜全てが頭の中に記憶されていた」からです。教師は、一流のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ではない、むしろ芽が出ていない生徒の奥底に潜んだ未知数の可能性や美しさを、カラヤン同様に“心の目”でタクトを振りながら引き出していくのではないかと思うのです◆「タクト」の語源は「触覚」です。日本語では「機を見極める分別」と訳されています。様々な楽器と同様に、いろいろな人と関わりながら、その間に流れるリズム、雰囲気などをキャッチしていくのですね。それは「智恵」でもあると思うのです◆国の指揮者が、「タクト」の使い方を間違うと、私たちはうろうろするばかりです。勿論私たちも「タクト」の動きを注意深く見なければ迷い道に入ってしまいます。

(西村 敏雄)

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2021年4月15日RT(753)
編集部 春風

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