八幡まるごと館たより【2回目】

 『おびたたしく大地震振ること侍りき。そのさま、世の常ならず。山はくづれて、河をうづみ、…』。
 今回は方丈記の五大災厄(大火、竜巻、遷都、飢饉、地震)の中から地震記載を。1185年7月9日正午頃マグニチュード7.4前後、震源地は琵琶湖西岸付近説が 。鴨長明31歳の時でした。

すさまじい大地震がありました。

 そのさまはいつもの地震と違っていて、山は崩れ、河を埋め、海は傾いて、陸地を水浸しに。大地は裂け、水が噴き出し、岩は割れ砕けて…。(海・琵琶湖のこと)
 『…都のほとりには、在々所々、堂舎塔廟、ひとつとしてまたからず。或はくづれ、或は倒れぬ。塵灰たちのぼりて、さかりなる煙の如し。地の動き、家やぶるる音、雷にことならず。家の内に居れば、たちまちにひしげなんとす。…』 『おそれの中におそるべかりけるは、ただ地震なりけりとこそ覚え侍りしか』
 恐ろしいことの中で最も恐ろしいのは地震だと長明は書きます。1995年1月17日阪神淡路地震や2011年3月11日東日本大震災に近い規模でした。

元暦の大地震

でも、すぐ忘れてしまう

 1日に20、30回揺れ、段々少なくなっていって、余震は3か月も続きました。
『すなはちは、人みなあぢきなき事をのべて、いささか、心の濁りもうすらぐと見えしかど、月日重なり、年経にし後は、言葉にかけて言ひいづる人だになし。』
 しばらくの間はこの世のむなしさを述べて、少しは心の濁りも薄まるかとも見えましたが、年が経てば口に出していう人さえいなくなってしまったのです。このことは東日本大震災についても同様で、毎年3月には報道されますが、過ぎると何事もなかったように‥。

被災の実態や話を聞く

 震災のことが忘れられてしまうのは何故なのか?それは当事者じゃないからと。自分がその立場だったら、と考えることが大事なことではないかと思います。当事者の気持ちを少しでも知る。それでも中々ですが、第三者のままで過ごしていたら、被災した人の気持ちはひとつもわからないし、当然つながることができないのです。更に自分の困難さを表明できない人がいることも忘れてはならないことです。話せる環境が整っていないのです。

苦難の中を生きてきた人と…

 実際に震災によって身内を亡くされた人は会えない触れられない中で、死者の数「1」で語られることに決して納得されてはいない。ご本人の悲しみ、苦しみは10年という時間だけではどうにもならないもので、きっとそれぞれの方が手探りで人との、自然とのつながりの中で何かをつかもうと、その苦悩の中を生きぬいて来られたのだと思います。今回のコロナ禍にも当てはまりそうです。
 更に、地震による原発事故でふるさとを奪われた多くの人は突然地域とのつながりを断たれ、ほんとうに苦しい日々を重ねておられます。手厚い保護どころか既に自己責任論がはびこって、誰も責任をとろうとはしていません。

弱いから繋がりたいのです

 自覚できているかどうかは別にして、人は“他とつながりたい,わかりあいたい”を内包しているように思うのです。弱い所を持つ人間どうしだから、その弱さの自覚はつながるきっかけに。ただ悲しいかな、この所ずっと国のトップはそういう目を持たないし、被災者に寄り添わないし、気持ちが他の所に向いているように感じられて仕方がありません。
 今のままなら、辛い人はより辛いままで、そこから立ち上がるには人と人のつながりがどうしても必要になってきます。震災だけではなく、毎年続く災害や今回のコロナ禍は一人では太刀打ちできない、人と人がつながらないと生きてゆけない時ではないのかと私自身を振り返って強く感じているところです。今のこの時を「無常」の言葉で片付けることなく、こころに刻んで歩んでゆきたいです。

(八幡まるごと館 上谷順子)

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2021年6月2日RT(104)
編集部 春風

編集部 春風

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