蛍が舞う京北の夜

「もやい京北便り2回目」

 「物おもへば沢の蛍も我が身より あくがれいづる魂(たま)かとぞみる」(和泉式部、後拾遺1162)。~あぁあなたが恋しくて思い悩んでいると、沢に飛んでいる蛍も、自分の身体からさ迷い出てきた魂なんじゃないかと思ってしまうのです~◆和泉式部と言えば、恋多き女として有名ですが、はかなく明滅しながらさ迷う蛍の光を、恋に焦がれる余り身体を抜け出してゆく我が魂かと眺めているですね◆蛍は儚い虫で、寿命も短い。成虫になれば幼虫の時に蓄えた養分で生をつなぎ、草葉に溜まった夜露を飲むという。あわれにさえ思う虫が、自ら光源となり、かすかに緑色を帯びた光を発して飛ぶ。和歌で恋心の象徴とされるのも、そのあえかな姿ゆえか・・

 先週から今週にかけて、孫らと夕食後に蛍狩りに、更に友人らが八幡から蛍を観にきました。いま京北から南丹にかけて蛍が7月まで見られそうです。小塩町の小塩川沿いや細野町の余野近辺などで。無邪気な孫らは捕虫網を手に。友人は「何十年ぶりだろうか・・・」とじっと眺め続けてしました。そして帰りに「また来年会おうね」と一言。来年傘寿を迎える友人の胸に何が去来していたのだろうか・・

 子供らの夢にも出てくる蛍、恋心にも歌われた闇夜を乱舞する蛍ですが、悲しい響きや意味もあります。小説家・野坂昭如氏の「火垂るの墓」。ホタルは普通、蛍と書きますが、小説やその後映画化されたものは、“火垂る”それは「神戸大空襲の爆弾投下」を意味していました◆江戸時代に貝原益軒が書いた百科事典「大和本草」で、「螢火」とは、「ホは火なり、タルは垂なり」と「ホタルとは火が垂れる」と説明されています。日本人は蛍を見て、火をイメージしていたのですね。「火が2つにウ冠」、この部分はかがり火の意味だそうです。かがり火とは「夜間の照明や漁のためにたく火」のこと。火が2つあって燭台のように見え、蛍の光を炎としてとらえて、それが上から下に垂れているというわけです◆「火垂るの墓」も、空からアメリカ軍が落としてきた焼夷弾とホタルが重なり合わさったのでは・・。その舞台は神戸でした。大空襲では約3,000トンもの焼夷弾が落とされました。ちなみに東京大空襲では2,000トン。神戸の大空襲のほうが1.5倍も被害の規模が大きかったんですね◆蛍は、そのはかなき命ゆえ恋心、愛する人へ想いや命を奪われる人への悲しみが重なります。無邪気に補虫網を手にする孫らを見ていて、焼夷弾の蛍はもう結構と・・・

(西村 敏雄 写真も)

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2021年6月17日RT(683)
編集部 春風

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