「墨を磨る」という効用は?

 「もう秋か」。近くの小川で舞った蛍に思いをはせているうちにもう9月も中旬に。庭では朝晩、コオロギの鳴き声が。稲穂が実る田んぼには数百匹の赤トンボが飛び交っています。京都・京北に住んで1年半◆「夜の沈黙(しじま)の中でひとり静かに墨を磨れ かすかな反復音を確かめよ~心細かったら 今もどこかで同じように 生きていることの悲しみと苦しみを 織り込むような仕事をしている人が 間違いなくいることを信じて 墨を磨れ」。独自の書論を展開している書家・石川九楊さんが、京都市内で開いた書道塾の塾生に宛てた「墨を磨れ」には「書にかんする言葉」が綴られています。

 私が京都精華大学で教員をしていた時、比叡山にある「京都精華大学表現研究機構文字文明研究所長」の石川さんをお尋ねし、「墨を磨れ」の真髄をお聞きしたことがあります。「ひとつひとつの文字がどうできているかの基本を知り~まずは書きたいこと、好きな言葉、なんでもいいから書くことから始めるんです」。そして「あなただけの字をつくります」と“極意”を。「書にはその人の苦節などの人生が文字に宿っています」◆そもそも墨を磨る作業は孤独で地味だとも。そして墨を磨る作業は、磨るほどに、その磨ることさえも忘れてしまう。気が付けば手だけが動いている。「書にいたるまでのその意識の空白(無心)が大切だ」というのです◆確かに墨を磨っているうちに、墨が己の体から磨り出す濃淡の色とその香りに安らぎが、そして無心に。陶芸家、織物職人、大工すべての仕事も極めればそこに通ずるというのです◆石川さんはある時から、白紙を使わず灰色に染めた紙を使い始めました。その時代が内に抱えた“苦節”を思い、それを自らの文字として書きたかったからです。

 この秋は、「夜の沈黙の中で~」。好きな言葉を書くために「墨を磨る」。挑戦してみようかと思う。108画もある世界一難解な中国の創作漢字にも劣らぬ異形コロナ、金・銀・銅の色あせたオリンピック、黄金に目がくらむ総選挙・・日本中の人々を困惑させている。少し離れて頭を冷やして、世間を見つめなおすために濃淡だけの「墨を磨る」効用もあるのでは・・・

(西村敏雄)

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2021年9月5日RT(173)
編集部 春風

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